リチウムイオン蓄電池と災害対応と環境保全

二酸化炭素排出低減の目的で内燃機関から電動機への移行が行われている。電動機に供給する電力も化石燃料からではなく再生可能な太陽光、風力、地熱等から供給する努力が行われている。特に自然環境や住環境保全に熱心な米国カリフォルニア州、フロリダ州、ハワイ州等ではこのような移行が盛んである。この新しい環境が林野火災、ハリケーン等の自然災害に見舞われるとリチウムイオン蓄電池を使用した装置が被災することになる。このような装置が被災すると何が起こるか考え、対応計画を策定することが望まれる。
2024年には、韓国の地下駐車場で電気自動車から出火し隣接する地域が火災により発生した煙や生成気体に暴露されている。煤により汚染された建物内の様子が報道されている。煤には様々な物質が含まれることはよく知られている。樹脂類が熱分解するときに様々な物質が生成するため、煤の有害性を評価することは困難である。かつて問題となったダイオキシン類について高度の分析技術を用いてようやく定量的な評価が可能となっている。一方、リチウムイオン蓄電池には、リチウムの他にコバルト、ニッケル、マンガン、銅、鉄が含まれている。コバルト、ニッケル、マンガンは、重金属として注意を要する物質である。大型リチウムイオン蓄電池には大量の重金属が含まれることになる。火災によりリチウムイオン蓄電池から放出されると酸化物の微粒子として放出される。この微粒子が呼吸によって体内に取り込まれると人の健康に影響を及ぼす恐れがある。
2025年1月に発生した米国カリフォルニア州モントレー郡のリチウムイオン蓄電池電力貯蔵施設火災後には周囲の土壌表面の蛍光X線分析が行われコバルト、ニッケル、マンガンが検出されている。農地や自然環境に及ぼす影響について検討が継続されている。この地域は工業地域から遠く離れており、これらの重金属の環境濃度は低くなっている。
(https://www.readymontereycounty.org/emergency/2025-moss-landing-vistra-power-plant-fire/moss-landing-fire-update-soil-screening-data-summary-county-of-monterey-health-department-environmental-health-bureau-january-31-2025)
2025年1月24日には米国環境保護庁が、大統領令に従い、米国カリフォルニア州ロサンゼルス近郊の林野火災被害からの迅速な復興のために有害物質の除去を開始している。(https://www.epa.gov/system/files/documents/2025-01/epa-factsheet-la-wildfires-li-ion-batteries_0.pdf)
対象となる有害物は危険物、劇毒物、高圧ガス、アスベスト等とリチウムイオン蓄電池である。電気自動車や家庭内電力貯蔵設備には大容量リチウムイオン蓄電池が利用されており、林野火災により様々な熱影響を受けており損傷程度を評価しながら片付ける必要がある。そのため火災現場に立ち入って一般住民が片付け作業を行う前に安全であるかを確認する作業が必要となる。また大規模な火災によって生じた大量の廃棄物を集積することは難しい。リチウムイオン蓄電池が米国ほど普及していなかった東日本大震災でも震災廃棄物を集積することにより火災となっている。リチウムイオン蓄電池を社会で活用するためには、電池の生産、貯蔵、輸送、消費、廃棄を安全に行う体制を整備する必要がある。
(https://www.epa.gov/newsreleases/epa-launches-largest-wildfire-hazardous-material-removal-effort-agency-history)
2023年8月に米国ハワイ州で発生した林野火災は送電線が着火源との報告が出されている。
(https://www.mauicounty.gov/DocumentCenter/View/149693/FI23-0012446-Lahaina-Origin-and-Cause-Report_Plus-Appendix-A-B-C-Redacted)この火災では焼け跡に損傷したリチウムイオン蓄電池が多数存在していたので除去作業が米国陸軍工兵隊と米国環境保護庁によって行われている。94台の電気自動車/ハイブリッド自動車、274台の壁面設置家庭蓄電設備を処理し30トン以上の廃棄物をネバダ州の処理施設へ輸送している。
(https://www.poh.usace.army.mil/Media/News/Article/3624190/hawaii-wildfires-leave-lithium-battery-hazard-in-debris/)
一連の作業は、”Maui Wildfires 2023 Lithium-Ion Battery Operations”で見ることができる。
(https://astswmo.org/files/Meetings/2024/Cabs/Presentations/Lithium-Ion_Battery_Operations.pdf)
”Lithium-ion Batteries in a Fire Disaster Response: Maui Case Study”には現地作業の様子が丁寧に解説されており、リチウムイオン蓄電池廃棄の専門性を有した作業者が多数参加していることがわかる。(https://mil.wa.gov/asset/65fb0095a07f8/Maui%20Wildfires%20by%20Greg%20Jenkins%20and%20Brad%20Martin,%20EPA.pdf)
米国ニューヨーク州では、リチウムイオン蓄電池の普及に備え災害時の対応を公表している。
(https://www.dhses.ny.gov/system/files/documents/2023/11/bess.pdf)
米国環境保護庁でも地域ごとにリチウムイオン蓄電池火災への対応準備を行っている。
(https://www.nrt.org/sites/172/files/CRRT%20Jan%202024%20EPA%20Li%20Ion%20Presentation%20compressed.pdf)
(https://www.youtube.com/watch?v=BbJHNYIfhU4&t=43s)
日本国内でもリチウムイオン蓄電池設備火災が発生し”蓄電池設備における爆発・火災事故及びその対応について”が出されているが、地球環境保全の目的での設置であればその目的を達成可能な体制を構築する必要がある。(https://www.meti.go.jp/shingikai/sankoshin/hoan_shohi/denryoku_anzen/denki_setsubi/pdf/021_03_00.pdf)「事故発生時においては、関係省庁が連携し、現地調査や設置者による原因究明・再発防止策への対応を進めるとともに、原因究明等の結果や関係者の意見を踏まえ、必要に応じた制度の見直し等に適切に取り組む」必要がある。

日本火災学会会長 鶴田 俊

2025.2.11