東日本大震災から15年の節目にあらためて津波火災の課題を考える
東日本大震災の後、日本火災学会をはじめ多くの防火研究者によって、この地震による火災被害の実態や防火対策に関する様々な調査研究が行われてきたところであるが、震災から15年という節目にあたり、あらためて東日本大震災によって喚起された津波火災の課題について考えてみたい。
1.クローズアップされた津波火災の問題
火災科学や防火対策という面から、東日本大震災によって喚起された課題として、第一に挙げられることは、津波浸水地域で広範に発生した津波に起因する火災(以下「津波火災」)である。もちろん、震央から遠く離れた東京を含め、津波に襲われなかった東北内陸地域においても地震火災は発生したが、概ね、火災の規模は平常時とそう変わらない消防のコントロール範囲に収まっていた。
一方、日本火災学会の調査報告1)によれば、1都16県で発生した火災373件のうち、津波火災は4割を超す159件発生し、その延焼面積の総計は75haに達し、阪神・淡路大震災による焼損総面積に匹敵するものであった。津波火災は、たとえば1993年北海道南西沖地震での奥尻島青苗地区における火災など、過去に例がなかったわけではないが、大きな関心の的になることはなかった。しかしながら、この東日本大震災で発生した広範な津波火災の発生とこれによる甚大な被害は、歴史上はじめて津波火災の問題を顕在化させ、新たな地震火災の課題として浮上する契機となった。
その後、津波火災については日本火災学会の災害調査委員会をはじめ複数の研究者グループにより、その発生状況、延焼被害の実態調査、出火原因の解明など、被害の全貌に迫る調査研究や実験が行われてきたが、その出火要因や延焼拡大メカニズムについては、LPGボンベからの漏えいガス、転倒・浮遊した貯油タンクからの漏えい可燃性液体、浮遊あるいは衝突による自動車からの出火可能性の指摘など、多数の目撃証言や映像とともに、幾つかの調査・研究はあるものの、まだ多数の火災研究者の共通認識となるレベルまでの解明には至っていないのが現状ではないかと思われる。
2.具体的な被害想定のない津波火災と対策
その発生が切迫していると想定されている「南海トラフ地震」は巨大海溝型地震であり、大規模な津波の発生が予想され、最悪ケースの場合、その被害規模は東日本大震災を超えると警鐘が鳴らされている。
中央防災会議「南海トラフ巨大地震対策検討ワーキンググループ」では、津波による被害をはじめ、揺れによる被害、液状化による被害、急傾斜地崩壊による被害、火災による被害など多岐にわたる被害の想定を行っている。しかし、津波火災については「現時点では火災件数等を正確に把握することは難しく定量化は困難である」として、既往文献にみられる東日本大震災の知見等を踏まえ、津波火災の出火要因や被害様相について定性的に示すにとどまっている。
この背景には、一部の先行研究はあるものの、津波火災の発生メカニズムの解明やその延焼防止対策の検討が十分進んでいない現状のもとで、津波火災の科学的な発生予測や延焼予測に関する研究や知見の蓄積が十分でないことが影響していよう。
しかしながら、東日本大震災の最大の教訓は「想定外」の言い訳をなくすことである。そのためには津波火災の被害予測は少なくとも必要であり、また、その発生防止やいったん発生した場合における被害軽減対策についても真剣に取り組む必要がある。この点は、防災行政機関のみならず、我々火災研究者にも今後のさらなる努力が求められるところではないだろうか。
2026年3月11日
元「日本火災学会 東日本大震災調査委員会」委員長
NPO法人日本防火技術者協会理事長
関澤 愛
1) 「2011年東日本大震災火災等調査報告書」日本火災学会、2015.3